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矢野先生、ありがとうございました。

[投稿者]普通科 10期生 寺田 正秀

昭和39 年春、東住吉高等学校の門をくぐった私が人生の師と呼べる先生にお会いしたのは3年生のときである。
書道か美術、どちらか決めて学ぶ選択授業で、選んだ美術を受け持たれていたのが矢野喜久男先生であった。
幼い頃の私が描いた父の寝姿を母は褒めてくれたものだったが、成長するにつれて絵を描くことへの興味は薄れていき、高校3年に至るまでむしろ苦手なことの一つであったと思う。

そんな3年次のある日の美術の課題は、校舎屋上から近隣の家屋を描くというもので、画用紙ではなく正方形の色紙、それに筆や鉛筆ではなく黒のサインペンを使い描きなさいというものであった。
感じたまま描きモノクロの線だけの絵が仕上がったが、それに対する矢野先生の評価はとてもよく、実際にかけられた言葉は記憶にないが、褒められたことだけは覚えている。
そして期末の成績表で「5」はこの美術だけであった。

多感な時期にいただくことのできた「5」はその後の自信の形成、さらにデザインへ携わることに繋がっていく。
進学した大学のクラブ、男声合唱団で演奏会のポスター、チケット、パンフレットのデザインに携わることができ、さらに就職した広告代理店、転身したデザインプロダクションでデザインに関する仕事を天職のように感じながら働くことができたそのバッボーンに美に対する愛着と自信があった。

そして今、先生邂逅から55年、気ままに過ごしている中で校舎の屋上で描いた色紙と、そんな指導をして下さった矢野先生を思い出しながら、あの時の美術の時間と同じような感覚のなかで水彩画を描くことは私の大きな楽しみとなっている。
原石から宝石が見つかるように人生の中の大切なものを見つける、若者は師と出会い自分を発見する。
「先生のあの一言が今日の私を創った…」このしばしば見聞きする言葉を改めて自分も実感できることは本当に幸なことである。
矢野喜久男先生、そして出会いができた東住吉高等学校へ感謝の言葉を贈りたい。

本当に本当に、ありがとうございました。 2025 年・令和7年3月