会長だより
会長だより ㊱ 蔦重の語り部(人の巻)
2025年3月1日
蔦重の語り部(人の巻)
緑友会長 川本正人(普通科21期)
書名に「蔦重」と冠した7冊。同じ著者で同じ主人公、なのに一作ごとに異なる趣向、しかも6冊はこの半年余りの新刊です。今年のNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺(ばなし)〜」の放映を機に、これまで有名とは言えなかった快男児・蔦屋重三郎の全てを知ってもらいたいという〝べらぼう〟な気迫が、積み上げた本から立ち上ってきます。
手がけたのは車浮代さん。本校の普通科26期生です。
母校の創立70周年に、卒業生がライフワークで花を添えてくれたよう。
浮代さんの、人、作品、メッセージを3回にわたって紹介します。
衣食住とも「江戸」が似合う車浮代さん
(2024年に開いた「うきよの台所」で)
喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎といえば世界に知られた浮世絵師。戯作者の曲亭馬琴は『南総里見八犬伝』、十返舎一九は『東海道中膝栗毛』でおなじみです。
彼らの才能を見出し、育て、世に出る道筋を付けたのが「蔦重」こと蔦屋重三郎(1750~1797年)。江戸中期から後期にかけて、出版社兼書店である版元として活躍し、日本のメディア産業やポップカルチャー(大衆文化)の礎を築きました。
幕府公認の遊郭「吉原」で生を受け、両親に置き去られたその街で、知恵と汗を絞って面白さを追求、お上に目を付けられても痛快に乗り切って行く。
そんな波瀾万丈の物語は、ドラマで主演の横浜流星さんにたっぷり見せてもらうとして、ここではまず、蔦重を生き生きと現代によみがえらせた浮代さんの「夢噺」から。
著者プロフィール風にまとめると……。
時代小説家、江戸料理文化研究家。大阪芸術大デザイン学科卒後、東洋紙業のアートディレクター、セイコーエプソンのデザイナーを経て、映画監督新藤兼人にシナリオを学ぶ。一方で江戸時代の料理を研究し、1200種類以上を再現。2024年春、江戸風キッチンスタジオ「うきよの台所」をオープン。著書多数。NHK「チコちゃんに叱られる!」などテレビ・ラジオ出演多数。江戸料理の動画配信も行っている……。
これを、浮代さんから電話でお聞きした話や、雑誌などで明かされたエピソードで肉付けすると……。
国語と美術が得意な少女で、アートディレクターやコピーライターといったカタカナ職業に憧れて芸大に進学。ガールズバンドを組み、カーリーヘアに網タイツ姿でベースを担当。大阪で就職後も続けていたが、やがて解散。
心に穴が開いていた時に、あべの近鉄百貨店で見たのが浮世絵版画の実演。仕事で訪れたその催しで、彫師(ほりし)や摺師(すりし)の超絶技法、粋な江戸弁、出版社兼書店の版元システムなどに感銘を受け、浮世絵と江戸時代、そして「蔦重」にのめり込んで、やがて講演を頼まれるまでに。
一方、結婚を機に移り住んだ長野県松本市で夫や親せきから習ったのが郷土料理。塩、味噌、しょうゆが調味料、干したり漬けたり発酵させたりが保存法。これがのちの江戸料理研究につながっていく……。
こうした仕込みの季節を経て、いよいよ夢の幕が上がり始めます。
40歳を過ぎて本気で目指したのは、猛勉強した江戸文化の知識を生かせる時代小説家。構成力を磨くため通信教育でシナリオを学び、その後月2回上京して新藤監督に師事、シナリオ作家協会の大賞を受賞しました。これを機に単身上京。ガイド本『大江戸散歩道』を準備中だった作家・エッセイストの柘(つげ)いつかさんに出会い、アシスタントに。
「江戸料理のレシピ本を書いてみたら?」と薦めたのはそのいつかさん。老若男女が楽しめる「食」、けれど書ける人の少ない「江戸料理」に的を絞ってはどうかというのです。プロの料理人でもないのにまさかのジャンル。けれど、江戸料理のベースは松本で覚えた郷土料理と同じ。何とかなるかも。
2010年、狙い通りの本を上梓。浮世絵の「浮世」を女性名にアレンジしたペンネーム「車浮代」は、江戸料理研究家として知られていきました。
いつかさんによる浮代さん改造計画も待ったなし。「江戸文化を語るのに説得力がない」と黒づくめのファッションから着物姿に変身、コテコテの関西弁も落語の師匠に付いて東京言葉に改め、現在メディアで視聴する浮代さんになりました。
「とにかく動く」うち、またも良縁を得ます。飛鳥新社の編集長畑北斗さん。ムツゴロウこと畑正憲さんのおいで、自己啓発の大ベストセラー「夢をかなえるゾウ」を世に出した人です。当時は無名に近い蔦重をどう描くか。畑さんから示された方向は「自己啓発書・ビジネス書としても役立つ小説」でした。
それから2年。浮代さんは、経営者ら成功した約50人にインタビュー。さらに自己啓発のプロで、浮代さんが「女蔦重」と呼ぶいつかさんの教えを蔦重の軌跡に重ね、人物像を構築していきました。
こうして書き上げたのが、実用エンタメ小説『蔦重の教え』です。叱咤激励のセリフが奥深く、2014年からの売り上げは文庫を含め7万部。実績が引き寄せたたように、2023年、NHKが蔦重の大河ドラマ化を発表しました。
浮代さん、怒とうの執筆の始まりです。
次回はその作品群を取り上げます。
