会長だより
会長だより ㊳ 蔦重の語り部(言葉の巻)
2025年3月16日
(2025年3月16日)
蔦重の語り部(言葉の巻)
緑友会長 川本正人(普通科21期)
名だたる絵師や作家を発掘した蔦屋重三郎ですが、彼自身が発した言葉の記録はほとんどありません。プロデューサーは他の人を売り出すのが仕事、自分は脇役――という姿勢に徹していたかのようです。
そんな蔦重の生き方を、まるごと「言葉」に超訳し、現代人への教えを幾重にも導き出したのが車浮代さん(普通科26期)。
締めの今回はそんな近著2冊と、浮代さんからのメッセージをお届けします。
【生き方に学ぶ】(2冊)
◆『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎50のメッセージ』
(飛鳥新社2024年12月)
説明不要。ストレートに項目を挙げます。
<01 自分に何ができるのか、わからないあなたへ――人様に与えられる「天分」は、探せばきっと見つかる>
<02 自信がないあなたへ――とにかく動けば、それは「経験」になる。「経験」がやがて自信に変わる>
最後は、<今の自分を誇れるか。今の自分に握手できるか>。
それぞれに蔦重らの行動と浮代さんの解説付き。「若い人に読んでもらいたい」と著者が願う一冊です。
◆『蔦屋重三郎の慧眼(けいがん)』
(2025年2月、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
最新作は1㌻1エッセンスの〝教条集〟。171項目を「慧眼」「商売」「人間関係」「生き様」「色と通」「時代」の章に分け、さらに戯作者や狂歌師らの蔦重評を原文と訳文で収めています。
この出版社の人気シリーズに「超訳」ものがあります。ニーチェをはじめ古今東西の賢人・偉人の思想を1㌻1エッセンスで編んだもので、『慧眼』も同じ体裁。
蔦重の軌跡をシリーズ入りさせるまでに再構成した浮代さんの慧眼と力量、さすがです。
◇◇◇ 浮代さんから ◇◇◇
すべての卒期に共通した熱中体験がある。それが東住吉高校の強みです。
「だより」執筆に先立って関東在住の浮代さんに初めてお電話した際も、皆さんの思い出と重なる話がいろいろ。
講演や執筆に加え、夏にロサンゼルスで行う「ネオ・ジャポニズム」の催し準備にもお忙しい中、2時間近くお付き合いくださいました。
母校の共通体験といえば体育祭。浮代さんは1年生の時が「マスコット」、2、3年生は「仮装」でした。仮装とはダンスや寸劇でパフォーマンスを競う団。今の「アトラクション」に当たります。
「テニス部の目立たない生徒でしたけれど、少しは目立ちたい、という気持ちがあったんでしょうね」
祭りのあと、校庭でマスコットを燃やし、皆で泣き、輪になってフォークダンスを踊った時代。
「良かったなあ……。就職した印刷会社で、下版の前、クリエーター、営業、印刷現場の全員がアドレナリン全開で徹夜していた時も、『体育祭みたい』って、ものづくりの達成感を思い返していました」
体育祭で男子生徒と制服を交換
した浮代さん(左の〝男前〟)
1年余り前、その体育祭のマスコットやスタンド(観覧席)をなくそうという意見が教員の中で強まったんですよ。理由は「安全ではないかもしれないから」。
「えぇっ! 学年を越えて、自分たちで全部管理して何かを作り上げる。あれほど人間形成に大事な行事はありません。ヒエラルヒー(階級)ができたり、ケンカや恋愛があったり、すべてが貴重。そうした経験の積み重ねが人や文化を育むんです」
そういえば私が同期の家内と結ばれたのも、体育祭で応援団長補佐だった私の法被(はっぴ)作りを、「衣装団」の彼女が担当したのが縁。相手には全くその気がなく、縫ったのも義母だったのに、「ボクを思って♡」とジコチューな誤解をしたのが始まりでした。
で、体育祭。蔦重ならどうします?
「もっと大胆に、全国に校名がとどろくほどにやるでしょうね。資金を集めて、特別マスコットを当日披露するようなサプライズも仕込んで」
長く続いた日本の縮小均衡の流れに押され、私たちの発想まで縮んでいないかと、改めて考えた次第です。
「東住吉温泉」という懐かしい表現も出ました。自由でおおらかな母校を例える言葉です。良く言えば「自主独立」の気風。江戸文化が花開いた蔦重の時代もこうだったのかもしれません。
例えば受験勉強。今のような丁寧な指導やマラソン学習行事はなく、それぞれが覚悟を決めたやり方をし、先生方も半ば黙認。芸大を目指していた浮代さんの場合、午後になると学外のアトリエで絵を学んでいたそうです。そういえば私も、理系クラスなのに史学科志望に転向し、数学や物理の授業中に古典や英語を自習。傍らに立った先生からはただ一言、「おまえ、卒業だけはせえよ」でした。
ぬるま湯に浸るばかりでなかったことは、国公立大合格者数が今の3倍前後だったことにも表われているのでは? 自由の結果に自己責任が伴うことを、自然と学んでいた気がします。
こうした話をしていて感じたのは、浮代さんが「縁」を大切になさることです。
ペンネームを決めた時には、「車といえば映画『男はつらいよ』の車寅次郎。だから車役の渥美清さんのお墓参りにも行ったんですよ、命日に。『これから車を名乗らせていただきます』って」。
江戸料理に話が及ぶと、「日本の八百万(やおろず)の神のことも考えるようになりました。昔は『米一粒にも神様が宿っている』って、食材を端々まで使い切っていましたから」。
さらに、「何かしてくれた人だけでなく、その人を形成した親や先祖、八百万の神々に感謝する『お陰様』、この瞬間から始まる未来に感謝する『今日様』という言葉もいいですね」とも。
最後に在校生へのメッセージをお願いしたら、すぐにメールで届きました。
小説『蔦重の矜持(きょうじ)』にあるセリフです。
早速、卒業式を翌日に控えた3年生の緑友会入会式(2月27日)で披露しました。
全文採録します。
「『何事も経験』ってのは本当のことで、人生に無駄なことなんて一つもないぞ。無駄だと思ったとしたら、それは経験を生かさず、無駄にしちまった自分が悪いんだ。様々な経験を積んだ上で、自分の天分を見極めて、それを仕事にして社会に貢献する。それがこの世に生を享(う)けた意味ってもんだ」
様々な「経験」ができたからこそ、うなずく卒業生も多いはず。
そんな母校の「縁」で結ばれた緑友会。
「天分を見極めて貢献する」
蔦重の、いや浮代さんのこの言葉を胸に、私も春を迎えます。