会長だより

「会長だより」に寄せられた車 浮代さん(普通科26期生)の メッセージ

時代小説家で江戸料理文化研究家の車浮代さんは、本校の普通科26期生です。
今年のNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺(ばなし)〜」の主人公・蔦屋重三郎の本を立て続けに7冊著しました。
同じ主人公なのに一作ごとに異なる趣向、しかも6冊はこの2月まで半年余りの新刊。
放映を機に、これまで有名とは言えなかった快男児の全てを知ってもらいたいという〝べらぼう〟な気迫が、並べた本から立ち上ってきます。
創立70周年に、卒業生がライフワークで花を添えてくれたようです。

浮代さんの、人、作品、メッセージは、このホームページの「会長だより」㊱~㊳で3回にわたって紹介。
会員通信の「活躍する卒業生」からでも見られます。
人の巻  書の巻  言葉の巻

以下、会長だより㊳「蔦重の語り部(言葉の巻)」に載せた浮代さんのメッセージです。
 

◇◇◇ 浮代さんから ◇◇◇


すべての卒期に共通した熱中体験がある。それが東住吉高校の強みです。
「だより」執筆に先立って関東在住の浮代さんに初めてお電話した際も、皆さんの思い出と重なる話がいろいろ。
講演や執筆に加え、夏にロサンゼルスで行う「ネオ・ジャポニズム」の催し準備にもお忙しい中、2時間近くお付き合いくださいました。

母校の共通体験といえば体育祭。浮代さんは1年生の時が「マスコット」、2、3年生は「仮装」でした。仮装とはダンスや寸劇でパフォーマンスを競う団。今の「アトラクション」に当たります。
「テニス部の目立たない生徒でしたけれど、少しは目立ちたい、という気持ちがあったんでしょうね」
祭りのあと、校庭でマスコットを燃やし、皆で泣き、輪になってフォークダンスを踊った時代。
「良かったなあ……。就職した印刷会社で、下版の前、クリエーター、営業、印刷現場の全員がアドレナリン全開で徹夜していた時も、『体育祭みたい』って、ものづくりの達成感を思い返していました」

1年余り前、その体育祭のマスコットやスタンド(観覧席)をなくそうという意見が教員の中で強まったんですよ。理由は「安全ではないかもしれないから」。
「えぇっ! 学年を越えて、自分たちで全部管理して何かを作り上げる。あれほど人間形成に大事な行事はありません。ヒエラルヒー(階級)ができたり、ケンカや恋愛があったり、すべてが貴重。そうした経験の積み重ねが人や文化を育むんです」
そういえば私が同期の家内と結ばれたのも、体育祭で応援団長補佐だった私の法被(はっぴ)作りを、「衣装団」の彼女が担当したのが縁。相手には全くその気がなく、縫ったのも義母だったのに、「ボクを思って♡」とジコチューな誤解をしたのが始まりでした。

で、体育祭。蔦重ならどうします?
「もっと大胆に、全国に校名がとどろくほどにやるでしょうね。資金を集めて、特別マスコットを当日披露するようなサプライズも仕込んで」
長く続いた日本の縮小均衡の流れに押され、私たちの発想まで縮んでいないかと、改めて考えた次第です。

「東住吉温泉」という懐かしい表現も出ました。自由でおおらかな母校を例える言葉です。良く言えば「自主独立」の気風。江戸文化が花開いた蔦重の時代もこうだったのかもしれません。
例えば受験勉強。今のような丁寧な指導やマラソン学習行事はなく、それぞれが覚悟を決めたやり方をし、先生方も半ば黙認。芸大を目指していた浮代さんの場合、午後になると学外のアトリエで絵を学んでいたそうです。そういえば私も、理系クラスなのに史学科志望に転向し、数学や物理の授業中に古典や英語を自習。傍らに立った先生からはただ一言、「おまえ、卒業だけはせえよ」でした。
ぬるま湯に浸るばかりでなかったことは、国公立大合格者数が今の3倍前後だったことにも表われているのでは? 自由の結果に自己責任が伴うことを、自然と学んでいた気がします。

こうした話をしていて感じたのは、浮代さんが「縁」を大切になさることです。
ペンネームを決めた時には、「車といえば映画『男はつらいよ』の車寅次郎。だから車役の渥美清さんのお墓参りにも行ったんですよ、命日に。『これから車を名乗らせていただきます』って」。
江戸料理に話が及ぶと、「日本の八百万(やおろず)の神のことも考えるようになりました。昔は『米一粒にも神様が宿っている』って、食材を端々まで使い切っていましたから」。
さらに、「何かしてくれた人だけでなく、その人を形成した親や先祖、八百万の神々に感謝する『お陰様』、この瞬間から始まる未来に感謝する『今日様』という言葉もいいですね」とも。

最後に在校生へのメッセージをお願いしたら、すぐにメールで届きました。
小説『蔦重の矜持(きょうじ)』にあるセリフです。
早速、卒業式を翌日に控えた3年生の緑友会入会式(2月27日)で披露しました。
全文採録します。

「『何事も経験』ってのは本当のことで、人生に無駄なことなんて一つもないぞ。無駄だと思ったとしたら、それは経験を生かさず、無駄にしちまった自分が悪いんだ。様々な経験を積んだ上で、自分の天分を見極めて、それを仕事にして社会に貢献する。それがこの世に生を享(う)けた意味ってもんだ」

様々な「経験」ができたからこそ、うなずく卒業生も多いはず。
そんな母校の「縁」で結ばれた緑友会。
「天分を見極めて貢献する」
蔦重の、いや浮代さんのこの言葉を胸に、私も春を迎えます。

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