お知らせ
島本先生に深謝! 普通科30期生 間嶋 淳さんからChannel Rに投稿いただきました。
2026年6月25日
島本先生に深謝!
普通科30期生 間嶋 淳
本年3月末をもって、島本先生が本校バレーボール部の指導員を御勇退されました。
島本先生は、本校21期生として御卒業され、私たち30期生が在籍している頃には非常勤講師として教壇に立たれました。
その後、他校の教諭を経て、本校教諭として赴任、定年後も引き続き再任用として本校にお勤めになられました。
また、部活動ではバレーボール部の顧問・指導員としても携わってこられました。
30期生が在校していた1980年代半ばのヒガスミは、霧ヶ峰キャンプがスキー修学旅行となり、また、生徒会の成立が遅れたために体育祭が公式に開催できない年が発生しました。「伝統」だけでは持ちきれなくなる一方で、新たな方向性も見いだせず、生徒・教職員・学校関係者それぞれが、ヒガスミが持つ「やればできる」という良きパワーを内外に向けて打ち出せきれなかった。今から思えばそんな時代であった気がします。
その後、1990年代に入り全国初の芸能文化科が本校に併設されることでクローズアップされた時代はありましたが、現在のヒガスミにつながる変化はこの15年から
20年間によるところが大きいと思います。
ヒガスミは今、創立当初からの精神である「自主独立」を引き継ぎつつ、今日のスクールミッションとして「二兎を狙い 二兎を追い 二兎を得る」として掲げ、それを実践するまでに至っています。
「一兎」は、学習マラソンや大学との連携の取り組みと、その結果としての進路実績です。もう「一兎」は、部活動の加入率向上や上位大会への出場、硬式野球部やボランティア部の設立を契機とするマナー等の社会性向上、さらには「共生推進」やスタディツアーによる多文化共生等といった、自主活動の実績です。これらは社会情勢の変化による影響もありますが、ヒガスミの内部改革が功を奏したと言えるでしょう。
そこに至るプロセスがどのようなものであったかは、私自身は本校や緑友会からのSNS発信、周年事業を通じた情報でしか知り得ませんが、島本先生が進路指導部長や首席教諭、バレーボール部顧問等として携わられたことが、現在のヒガスミの発展に大きく寄与されたと強く思っています。
本校卒業生の後輩、そして教え子として、長年にわたる島本先生の御功績を称えるとともに、今後の御健勝を祈念して筆を取らせていただきました。
2026年6月
2025年8月18日 姉妹校である台湾育成高級中学校との男女バレーボール親善試合で監督として
男子バレーボール部を率いた島本先生。

台湾育成高級中学男子バレーボール部監督のHang-Ting先生(右)と互いの健闘を讃える。

試合が終わり、広報担当のインタビューに答える島本先生。


※以上4点の写真は緑友会広報担当が親善試合の模様を取材した際に撮影したものです。
投稿者、間嶋さんの承諾を得て掲載しました。
普通科30期生 間嶋 淳
本年3月末をもって、島本先生が本校バレーボール部の指導員を御勇退されました。
島本先生は、本校21期生として御卒業され、私たち30期生が在籍している頃には非常勤講師として教壇に立たれました。
その後、他校の教諭を経て、本校教諭として赴任、定年後も引き続き再任用として本校にお勤めになられました。
また、部活動ではバレーボール部の顧問・指導員としても携わってこられました。
30期生が在校していた1980年代半ばのヒガスミは、霧ヶ峰キャンプがスキー修学旅行となり、また、生徒会の成立が遅れたために体育祭が公式に開催できない年が発生しました。「伝統」だけでは持ちきれなくなる一方で、新たな方向性も見いだせず、生徒・教職員・学校関係者それぞれが、ヒガスミが持つ「やればできる」という良きパワーを内外に向けて打ち出せきれなかった。今から思えばそんな時代であった気がします。
その後、1990年代に入り全国初の芸能文化科が本校に併設されることでクローズアップされた時代はありましたが、現在のヒガスミにつながる変化はこの15年から
20年間によるところが大きいと思います。
ヒガスミは今、創立当初からの精神である「自主独立」を引き継ぎつつ、今日のスクールミッションとして「二兎を狙い 二兎を追い 二兎を得る」として掲げ、それを実践するまでに至っています。
「一兎」は、学習マラソンや大学との連携の取り組みと、その結果としての進路実績です。もう「一兎」は、部活動の加入率向上や上位大会への出場、硬式野球部やボランティア部の設立を契機とするマナー等の社会性向上、さらには「共生推進」やスタディツアーによる多文化共生等といった、自主活動の実績です。これらは社会情勢の変化による影響もありますが、ヒガスミの内部改革が功を奏したと言えるでしょう。
そこに至るプロセスがどのようなものであったかは、私自身は本校や緑友会からのSNS発信、周年事業を通じた情報でしか知り得ませんが、島本先生が進路指導部長や首席教諭、バレーボール部顧問等として携わられたことが、現在のヒガスミの発展に大きく寄与されたと強く思っています。
本校卒業生の後輩、そして教え子として、長年にわたる島本先生の御功績を称えるとともに、今後の御健勝を祈念して筆を取らせていただきました。
2026年6月
2025年8月18日 姉妹校である台湾育成高級中学校との男女バレーボール親善試合で監督として
男子バレーボール部を率いた島本先生。

台湾育成高級中学男子バレーボール部監督のHang-Ting先生(右)と互いの健闘を讃える。

試合が終わり、広報担当のインタビューに答える島本先生。


※以上4点の写真は緑友会広報担当が親善試合の模様を取材した際に撮影したものです。
投稿者、間嶋さんの承諾を得て掲載しました。
