お知らせ
22期同窓会におじゃましました!
2026年11月5日
卒業50年を前に初めての同窓会
令和8年10月28日水曜日、22期同窓会が開催されました。卒業以来初めてとお聞きし、緑友会広報スタッフで
10期寺田正秀が取材させていただきました。その模様をレポートします。

会場は阿倍野の「都シティ大阪天王寺」、かつての「天王寺都ホテル」です。
幹事のお一人である浅居さんのお迎えを受けご挨拶、今日の3時間の進行について概要をお聞きしました。
私がこれまで同窓会の取材をさせていただいたのは決まって土、日曜、祭日でした。今回は水曜日の平日開催に決めたことを
幹事さんに伺うと、卒業して47年、多くの皆さんはある程度自由に時間を使える年齢であること、
また会場の状況などを含め、開催日については9月から始めた準備会で十分話し合いを重ねて、結果この日に決めたとのことでした。
開会30分前、12時半にはすでに多くの方が受付をされています、参加はお世話になった3名の先生を含め68名。
席を決めるクジを引いて席へ、始まるまでの間あちこちで「私のこと覚えてる?」「久しぶり、懐かしいね」などの声が聞こえてきます。

長引くスピーチには「チーン!」
13時ちょうど小幡さんの開会の辞、続いて栄さんの乾杯の発声で宴がスタート。しばらくの歓談の後、
当時の思い出や近況について持ち時間お一人40秒を目処に全員のスピーチが始まりました。
先生以外の全員が話終えるため幹事さんが用意した時間は余裕をみて70分。果たして時間内に収まるのか、
何より全員が話し手に耳を傾け続けることができるのか、これまで取材した経験から広い会場で全員が長時間、
静かに聴き続けることは難しいことが多いと実感していた私の心配は結果杞憂に終わることに。
工夫の一つが何とタイムキーパー役の幹事さんの存在、役割は思わず話が長くなった方へ「チーン」とベルを鳴らすこと。
話が盛り上がった瞬間、絶妙のタイミングで響く「チーン」の音で会場は笑いに包まれました。
また話し手はこの合図で収めるタイミングを与えられることになり予定された時間の中で全員のスピーチは無事終了となりました。


同窓会の価値、ここに。
霧ヶ峰キャンプで強制送還された苦い思い出、これまで長く教員として働いて来、ようやく定年を迎え今は自由時間を
楽しんでいること、議員として当選と落選を重ねたが次の選挙の準備をすすめていること、定年を迎えた後、日本一周の旅を成し遂げたこと、
主婦一筋、今日まで家庭を守ってきたこと、まだまだ現役で働けることに感謝しているなどなど、ヒガスミで共に
青春時代を過ごした後、それぞれの人生を懸命に生きてきた者どうしが今再び席を同じくし、その人生を語ることは素晴らしいこと、これが
同窓会の持つ大きな価値であることを実感しました。
加えてここに集った方々のような多彩な人材を生み出すチカラを母校が持っていることを再認識できたことは私の収穫でもありました。
恩師は、いつまでも恩師。
休憩の後、今日この会で教えを受けた先生と再会できたことを喜ぶ声が多く聞こえてくる中、3名の先生が順に登壇、
当時の心境や今の暮らしぶりをお話しされました。そのお話の様子は以下の動画をご覧ください。

奥舎先生のお言葉

柴山先生のお言葉

高辻先生のお言葉

その後、校歌斉唱、全員で集合写真を撮影し「お開き」となりました。
私にとって価値ある取材、貴重な体験をまた一つ重ねることができました。22期同窓会の幹事の皆様、ご参加された皆様、
ありがとうございました。
皆様のこれからのご活躍、ご発展を緑友会一同お祈りしております。
普通科10期 緑友会広報 寺田正秀
<追記>
今回開会から宴のスマイルカット、また65名の方々の撮影を全て終えたあと、編集段階でデータをチェックしたところ
何と多くのデータが記憶メデイア、SDカードの損傷により記録できていないことが判明。
やむなく残っていた写真データ、また動画を使用して本記事を制作しました。
もっと多くの写真で皆様の笑顔をご紹介したかったのですが、申し訳ありませんこの写真にて
場の雰囲気をお感じいただければ幸いでございます。
令和8年10月28日水曜日、22期同窓会が開催されました。卒業以来初めてとお聞きし、緑友会広報スタッフで
10期寺田正秀が取材させていただきました。その模様をレポートします。

会場は阿倍野の「都シティ大阪天王寺」、かつての「天王寺都ホテル」です。
幹事のお一人である浅居さんのお迎えを受けご挨拶、今日の3時間の進行について概要をお聞きしました。
私がこれまで同窓会の取材をさせていただいたのは決まって土、日曜、祭日でした。今回は水曜日の平日開催に決めたことを
幹事さんに伺うと、卒業して47年、多くの皆さんはある程度自由に時間を使える年齢であること、
また会場の状況などを含め、開催日については9月から始めた準備会で十分話し合いを重ねて、結果この日に決めたとのことでした。
開会30分前、12時半にはすでに多くの方が受付をされています、参加はお世話になった3名の先生を含め68名。
席を決めるクジを引いて席へ、始まるまでの間あちこちで「私のこと覚えてる?」「久しぶり、懐かしいね」などの声が聞こえてきます。

長引くスピーチには「チーン!」
13時ちょうど小幡さんの開会の辞、続いて栄さんの乾杯の発声で宴がスタート。しばらくの歓談の後、
当時の思い出や近況について持ち時間お一人40秒を目処に全員のスピーチが始まりました。
先生以外の全員が話終えるため幹事さんが用意した時間は余裕をみて70分。果たして時間内に収まるのか、
何より全員が話し手に耳を傾け続けることができるのか、これまで取材した経験から広い会場で全員が長時間、
静かに聴き続けることは難しいことが多いと実感していた私の心配は結果杞憂に終わることに。
工夫の一つが何とタイムキーパー役の幹事さんの存在、役割は思わず話が長くなった方へ「チーン」とベルを鳴らすこと。
話が盛り上がった瞬間、絶妙のタイミングで響く「チーン」の音で会場は笑いに包まれました。
また話し手はこの合図で収めるタイミングを与えられることになり予定された時間の中で全員のスピーチは無事終了となりました。


同窓会の価値、ここに。
霧ヶ峰キャンプで強制送還された苦い思い出、これまで長く教員として働いて来、ようやく定年を迎え今は自由時間を
楽しんでいること、議員として当選と落選を重ねたが次の選挙の準備をすすめていること、定年を迎えた後、日本一周の旅を成し遂げたこと、
主婦一筋、今日まで家庭を守ってきたこと、まだまだ現役で働けることに感謝しているなどなど、ヒガスミで共に
青春時代を過ごした後、それぞれの人生を懸命に生きてきた者どうしが今再び席を同じくし、その人生を語ることは素晴らしいこと、これが
同窓会の持つ大きな価値であることを実感しました。
加えてここに集った方々のような多彩な人材を生み出すチカラを母校が持っていることを再認識できたことは私の収穫でもありました。
恩師は、いつまでも恩師。
休憩の後、今日この会で教えを受けた先生と再会できたことを喜ぶ声が多く聞こえてくる中、3名の先生が順に登壇、
当時の心境や今の暮らしぶりをお話しされました。そのお話の様子は以下の動画をご覧ください。

奥舎先生のお言葉

柴山先生のお言葉

高辻先生のお言葉

その後、校歌斉唱、全員で集合写真を撮影し「お開き」となりました。
私にとって価値ある取材、貴重な体験をまた一つ重ねることができました。22期同窓会の幹事の皆様、ご参加された皆様、
ありがとうございました。
皆様のこれからのご活躍、ご発展を緑友会一同お祈りしております。
普通科10期 緑友会広報 寺田正秀
<追記>
今回開会から宴のスマイルカット、また65名の方々の撮影を全て終えたあと、編集段階でデータをチェックしたところ
何と多くのデータが記憶メデイア、SDカードの損傷により記録できていないことが判明。
やむなく残っていた写真データ、また動画を使用して本記事を制作しました。
もっと多くの写真で皆様の笑顔をご紹介したかったのですが、申し訳ありませんこの写真にて
場の雰囲気をお感じいただければ幸いでございます。
